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エルサレム首都問題をわかりやすく・簡単に説明★(歴史的経緯から最新情報まで)

2018/03/05
 
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■エルサレム首都問題とは?要するに

①エルサレム首都問題の発端とは

1947年までイギリスの領土とされていたパレスチナの地にユダヤ人が1948年にイスラエルを建国、首都をエルサレムとしたものの、国連や近隣のアラブ諸国を中心とした世界の多数の国が承認していないことが現在に至るエルサレム首都問題の発端です。

2017年12月にトランプ大統領が政権公約に掲げていた”アメリカ駐イスラエル大使館のエルサレム移転の実行”を表明したことでエルサレム首都問題が世界的にクローズアップされています。



②エルサレムがイスラエルの首都であることに多くの国が反対する理由

エルサレムがイスラエルの首都であることに多くの国が反対する理由としては,
以下の理由があげられます。

(1)アラブ諸国のほとんどがイスラエルの存在を認めていないこと
ユダヤ人が1948年にイスラエルを建国した際、全てのアラブ諸国は反対し、第一次パレスチナ戦争とよばれる戦争となりました。

その後も、第二次、第三次、第四次とエジプトやシリア等のアラブ諸国とイスラエルが戦争を繰り返し、いずれもイスラエルの勝利に終わりましたが、今に至るまで和解していません。

イスラエルが建国されてから70年たった現在でも、アラブの国でイスラエルを承認しているのはエジプトとヨルダンのみとなっています。

アラブ諸国の立場からすると”そもそも国としてその存在自体を承認していないイスラエルの首都がエルサレム”ということは全く議論の余地すらなく、絶対に認められないということで反対しているのです。

(2)エルサレムがキリスト教・イスラム教・ユダヤ教の聖地となっていること
エルサレム市内に旧市街という東京ドームほどの面積の場所があります。

その旧市街には、キリスト教の聖地とされるイエスの墓がある聖墳墓教会、イスラム教の聖地とされる”岩からイスラム教の創始者であるムハンマドが天国に旅立ったとされる”岩のドームが存在します。

さらに、ユダヤ教の聖地とされる嘆きの壁(ソロモン神殿の一部分)もあります。

このようにエルサレムには、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教にとって重要な場所があり、キリスト教徒・イスラム教徒側からすると”自分が信じる宗教の聖地が異教徒であるユダヤ人の国、イスラエルの首都とされることは認められない”と考えていることが反対する大きな理由となっています。

キリスト教徒・イスラム教徒は、世界に広く信者が存在しますので、エルサレムがイスラエルの首都であることに多くの国が反対する状況となっています。

こうした状況を踏まえ、国連はエルサレムについて、特定の国に属せずに国連の管理下に置かれるべきと考えています。

③エルサレムの現状

1947年、国連のパレスチナ分割決議で、エルサレムは国連による永久信託統治とすることとなりました。

しかし、その後、1967年に起きた第三次中東戦争で、勝利したイスラエルは、旧市街を含むエルサレム全土を実行支配し、現在に至っています。



■イスラエルがエルサレムを首都と主張する根拠とは?

では、なぜほとんどの国が反対しているのにイスラエルは、”エルサレムを首都である”と主張を続けるのでしょうか。

それは、下記のようにエルサレムの歴史的経緯から、”エルサレムが過去に(といっても何千年も前ですが)ユダヤ人が支配した国の首都だった”ことがあるからです。

★エルサレムの主な歴史

・紀元前1230年ごろ 
旧約聖書で有名な”出エジプト”(モーセがユダヤ人を率いてエジプトを脱出、現在のイスラエルの地へ”

・紀元前1000年ごろ
現在のエルサレム旧市街にある”嘆きの壁”の元となるヤハウェ神殿がユダヤ王国の国王ソロモン王により建設される

・紀元前586年ごろ
バビロニアによるバビロン捕囚により、ユダヤ人がエルサレムから強制移住される

・紀元前538年ごろ
バビロン捕囚から解放。ユダヤ人がエルサレムに帰還。

・西暦6年
ユダヤ属州としてローマ帝国の一部に

・西暦30年ごろ
イエス・キリストが処刑される

・西暦135年ごろ
ユダヤ戦争でローマ帝国に大敗、ユダヤ人が亡国の民となり、世界各地に離散。

・西暦320年ごろ
エルサレムがキリスト教の聖地に

・西暦638年
エルサレムがイスラム教の支配下に置かれる

・西暦1099年
キリスト教の聖地奪還を目指し、十字軍がエルサレムに遠征、エルサレム王国を建国

・西暦1187年
オスマン帝国の支配下となり、再びイスラム教の支配下に

・西暦1948年
イスラエル建国

・西暦1950年
イスラエル、エルサレムを首都と宣言する

エルサレムを歴史をみていけば、今から3000年も前にユダヤ人がエルサレムを支配していたことがあるのは事実で、イスラエルが”エルサレムを首都である”と宣言している根拠は、この歴史的背景によります。

エルサレムを聖地として主張しているキリスト教もイスラム教もユダヤ人に比べれば、歴史は浅いのです。

今から3000年も前の昔に現代のような”首都という捉え方”がそもそもあったのかという疑問もありますが、イスラエルがエルサレムを首都と主張する根拠は、全く荒唐無稽なものではないことがわかります。



■イスラエルの事実上の首都はテルアビブに

上記のようなエルサレム首都問題の経緯から、欧米諸国や日本等のイスラエルと国交を結ぶ各国は駐イスラエル大使館をイスラエルの最大の都市、テルアビブに設置しています。

テルアビブは、商都でイスラエル最大の人口を誇りますが公的機関をはじめとする首都としての機能は、エルサレムにあります。

しかし、大半の国は”イスラエルの首都をエルサレムとは認めていません”ので、現在に至るまで大使館をテルアビブに置いているのです。

このようにイスラエルは、エルサレムを首都と主張していますが、他の国はテルアビブを事実上の首都として看做しています。

日本で言えば、”東京が首都ですと主張しているのに他国は認めず、大阪に大使館を置いている”ような状態です。

要するにイスラエルは、”首都はエルサレムなので大使館はエルサレムに置いてください”と言い続けているのに対し、ほとんどの国は”エルサレムは首都とは認められないので大使館はテルアビブに置きます”というようにいうなれば、これまで双方の主張の綱引き状態が続いてきていました。

このいわば、長年の間、暗黙の了解となっていたことを破ったのがトランプ政権です。

■アメリカの駐イスラエル大使館のエルサレム移転の背景

①トランプ大統領は決められたことを実行したに過ぎない?

クリントン大統領時代の1995年にアメリカ合衆国議会で、駐イスラエル大使館のエルサレム移転を認める法律を可決しています。

しかし、その後に大統領となったブッシュ息子、オバマ前大統領の政権の間は、”実際にエルサレムに移転すると中東和平問題が紛糾する”ことを恐れ、エルサレム移転を実行に移しませんでした。

そういう意味で、今回のアメリカの駐イスラエル大使館のエルサレム移転は、トランプ大統領の個人的な思いつきで行うというわけではないのです。

②トランプ大統領の目的は中間選挙?

2018年のアメリカ最大の政治イベントは、11月に行われる中間選挙です。

トランプ大統領にとっては、4年の任期折り返しの時期に選挙が行われるのでそれまでに目に見える実績がほしいのです。

トランプ大統領は、与党である共和党が中間選挙で勝利することを画策していますが”アメリカの駐イスラエル大使館のエルサレム移転”は、共和党の有力な支持基盤であるキリスト教福音派から支持を得るために行おうとしているのです。

キリスト教福音派は、”イエス・キリストが再びエルサレムの地に降臨すること”を信じており、そのためには”エルサレムがユダヤ人に支配されること”が必要であると考えています。

ペンス副大統領はキリスト教福音派ですので政治的影響は大きいです。

アメリカ大使館のエルサレム移転は、イスラエル・ユダヤ人のためというより、自らの支持基盤のためであるのです。

それにユダヤ人は伝統的にトランプの共和党ではなく、民主党支持です。

ですので、巷間、言われているように”ユダヤ人から支持を得る”ためだけに行おうとしているわけではありません。



■まとめ

トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定した問題で、2017年12月に開催された国連総会の緊急特別会合で、事実上、認定の撤回を米国に求める決議案を圧倒的多数で採択しました。

ただ、この決議案には拘束力はありませんので、トランプ大統領は、近いうちに駐イスラエル大使館のエルサレムへの移転を強行するものと思います。

エルサレムへの移転が実現すれば、パレスチナ和平への動きは、凍結状態になるのは必至でしょう。

エルサレム首都問題は、3000年前からの歴史とお互いが唯一の神を唱える、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教、それぞれが譲歩することのできない聖地問題と関連していますので、誰もが納得する解決策は困難だと思います。

トランプ大統領の出方によっては、イスラエルとアラブとの関係が緊迫しそうです。





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